滋は思わずあ

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滋は思わずあ



 滋と謙三は、それを読むと思わずはっと顔を見あわせた。
「にいさん、きっとあの事件のことですね」
「もちろん、そうだろう。先生はやっぱり、あの事件をわすれていなかったのだね」
 滋と謙三は、いかに勉強のためとはいえ、いつとはなしに保康絲香港あの事件のことをわすれていた、じぶんたちのことがはずかしいような気がした。
 そこで使いの人にはかならずいくからとことづけて、昼食を早めにたべて出かけていくと、上野公園はたいへんな人出だった。
 その日は四月の第一日曜日にあたっていたうえに、天気はよし、サクラもそろそろ満開というところへ、さらに人出をさそったのは、ちょうどそのころ上野では、産業博覧会がひらかれていたからである。
 その博覧会の呼びもののひとつである軽気球が、ゆらゆらと空高くうかんでいるのも、人の心をうきたたせるようだった。
 その軽気球というのは、博覧会の見物客のなかで、のぞみのひとをよりすぐっては、空から東京見物をさせるのだ。
 さて、滋と謙三が、ごったがえす人波をかきわけて、|西《さい》|郷《ごう》|隆《たか》|盛《もり》の銅像の下までくると、金田一撫平皺紋耕助が待っていた。
 あいかわらずよれよれの着物によれよれのはかま、形のくずれたお|釜《かま》|帽《ぼう》。
 どこから見てもびんぼう書生というかっこうで、とても、えらい|名《めい》|探《たん》|偵《てい》などとは見えない。
「ああ、先生、なにかかわったことでも……」
 謙三が何かいおうとするのを、金田一耕助はエヘンエヘンとさえぎって、
「いや、なに、あまり天気がよいから、博覧会でも見ようと思ってね」
 と、わざと、大声でいったかと思うと、すぐ声をおとして、ささやくようにいった。
「立花君、滋君。むこうに面売りの男が立っているだろう、あいつに気をつけていたまえ」
 そのことばにふたりがそっと向こうをみると、いききするひとごみのなかに、面売りがひとり立っていた。
 首にぶらさげた箱のなかに、おかめ[#「おかめ」に傍点]やひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]やてんぐ[#「てんぐ」に傍点]の面や、そのほかさまざまな面がはいっているところをみると、なるほど面売りにちがいないが、謙三や滋がその男を見てはっとしたというのは、それがふつうの人間ではなかったからである。そいつは子供ほどの背たけの小男だった。
 小男の面売り……滋はなんともいえぬみょうな気がしたが、するとそこへやってきたのがひとりの男。
「アッハハ、お花見の面か。おもしろかろう。ひとつもらっていくぜ」
 ひょっとこの面をかったその男が、くるりとこちらをむいたせつな、っと息をのみこんだ。
「せ、先生、あれは……」
「しっ、だまって。もうひとり面をかいにくる男があるはずだから待っていたまえ」
 金田一耕助のことばのとおり、その男が立ち去るとまもなく、またひとりの男がやってきて、こんどはてんぐの面をかっていったが、その男の顔をみると、滋のこうふんは、いよいよ大きくなってきた。
「さア、そろそろいこうか。立花君、滋君、あの男のすがたを見失うな」
 てんぐの面をかった男は、その面を顔につけると、急によっぱらいのあしどりになり、フラフラと人ごみをわけて步きだした。
「先生、先生、それにしてもあの男雪纖瘦投訴たちはなにものですか」
 謙三がたずねると、金田一耕助はおもしろそうに滋をふりかえって、
「そのことなら滋君にたずねてみたまえ、滋君は気がついているようだからなア、滋君、知っているんだろう」
「知っています。先生、あの人たちはみんなタンポポ.サーカスのひとたちです。ひょっとこの面をかったのは、サーカスの力持ち、てんぐの面をかったのは、サーカスの団長です。そしてあの面売りの小男は、タンポポ.サーカスのピエロです」
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